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自ら考え、判断し、行動すること

「新型インフルエンザ」という難題に立ち向かうときに必要なものはなんだったのか。あれだけ発生当初は大騒ぎされたのにいまや忘れられつつある「新型インフルエンザ」について、政府対応やメディアでの扱いを見ながら違和感を覚えたのは、基本的な発想がずっと「なんとかウイルスを遮断しよう」としたことだ。

人間は進化の過程の中で、様々な免疫力を身につけて生き延びてきたことを考えれば新しい病気が発生したときには一つの自然淘汰だと思えばよいのではないか。

まず発生当初の日本政府の対応は、インフルエンザは外国からもたらされるものとして発生時の医療体制などではなく、検疫にエネルギーとコストをかけた。そもそも、インフルエンザの潜伏期間が数日に渡ることを考えれば感染者が検疫をすり抜ける可能性は十分あることから、検疫を強化することが必ずしもベターな選択ではないということを考えればわかりそうなものである。地球は空や水でつながっていることを考えれば、いつか国内でも感染者が出ること、蔓延することは予想できた。

いくら重症化のリスクは低いといっても患者が急激に増えれば病院がパンクし、マスクがなくなったように、薬がなくなってしまう可能性もあった。感染した際 の対処を大々的に啓蒙する、臨時に医療体制を増強する必要が求められる。しかし基本はウイルスと一緒にいてやっていけるようにすることである。

また、大阪と兵庫などでしか患者が見つかっていないからといって、ほかで発生していないとも言えない。発生時に休講や休校で対応した教育機関は単に周りがそうするか同様の措置をした。先述したが、免疫を獲得する一過程に過ぎないと考えれば、そこまで神経質に休校や休講をする必要はなかったと考える。休むべきだと思えば、自分自身で判断して休めばよいだけのことである。

自然界にはウイルスや細菌などヒトに害を及ぼすものが様々ある中で、すべてを遮断するのは不可能である。それでも、ウィルス除去製品が各メーカから売られ、ヒトをますます弱くしているだけだと感じている。今回のように感染力は高いが致命性は低いという病気に対しては、体の免疫力や社会の適応力を高い状態に持って行き、ウイルスと一緒にいてやっていけるようにすればよい。

もちろん、私は外出を減らすことはなかったし、マスクをつけることさえもしなかった。
病気になったときは病気になったときだと割り切っているからだ。

カナダから帰ってきた生徒たちに感染者が見つかった学校の記者会見で「行かせるべきではなかったのでは?」という話になるが、そういう圧力を学校関係者が感じて、事なかれの方向にどんどん向かってしまうのでは、と思います。事実、多くの修学旅行や観光ツアーが中止されました。しかし感染者の出ている人たち除いて、開催すればよいだけの話です。行きたくなければ、行かなければよいだけのことで。

学校は休みだが塾はやっていました。どうしてでしょうか?
学校には行くなという親が塾には行けという。お金を払っているからでしょうか?

いえいえ、塾がやっているからです。塾に行かないリスクを考えれば、塾には行くなとは言わないのです。

結局のところ、学校の件に限らず、それぞれが自分で判断をする、できる、というのが健全な姿である。国は国で、自治体は自治体で、学校は学校で、企業は企業で、個人は個人で専門家の意見を鵜呑みにするのではなく、参考にしつつ判断する。大半は自分で判断できずに、メディアや他人からの正確でない情報に踊らされただけでしょう。

知識が足りなければ、知識をつければよい。

判断ができなければ、判断できるところまで情報を集めればよい。

自ら考え、判断し、行動することが、今の日本社会にはもっと必要だと思いました。

以上

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