そんな普通の生活
ただ単に1日1日を生きていた。
毎日が可もなく不可もなく。
そんな普通の生活。
『地震』を「地震」と認識したあの日。
何が起こったのかもわからなかった。
ただ揺れが収まるのを待つしかなかった。
テレビから繰り出される映像。
増え続ける死傷者。
増え続ける家屋倒壊数。
そして火災被害。
揺れているということ。
地面からゴォーという音が聞こえるということ。
地震が収まるのを待ち続けるしかないということ。
何をすればよいのかわからなかった。
ただただ、収まるのを待つしかなかった。
当日に小学校に行ったら、クラスの半分くらいみんながいなかった。
(みんな生きていました。)
もちろん、授業はなかった。
自分の理解を超えたところで何かが起こった。
どうして『地震』が起こったのか。
もちろん理由を考えてもないのはわかっていた。
だから、そのときに感じたことを忘れないように小学生なりに書いた。
1995年『大阪の子』という大阪市児童文集に載った。
「MECE」も「階層構造」も「フレームワーク」も何もなかった時代に書いた作品。
実家のどこかにあるので、探してまた読み返してみようと思う。
あれから14年の歳月が流れた。
年々、記憶というのは薄れている。
神戸に出かけても一部の地域を除いて、「きれい」な街になっている。
が、その「きれい」さ が、地震の記憶をよみがえらせる。
阪神高速の下を通るたびに、よみがえる。
ルミナリエが開催されるたびに、よみがえる。
(あれはもう鎮魂ではない。)
10年後も20年後も同じ感覚だろうと思う。
毎年1.17は、自分自身、強く生きなければならないと改めて思い出させてくれる。
1日1日を大切に生きている。
毎日が充実している。
そんな普通の生活。
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